理念・目的

 世界的にも公害の原点といわれる水俣病が公式確認されたのは1956年でした。原因は、水力発電に端を発するチッソ工場からの排水に混入していたメチル水銀により、水俣の地で生きる人たちの「いのち」が蔑ろにされ続けてきました。水俣の叫びと提言は、いま、「水銀に関する水俣条約」という形となり世界へ発信し続けられていますが、地域では今なお水俣病に苦しみ、その経験を後世に語り継ごうとする人たちがいます。
 一方、それから55年後の2011年、福島の地で原子力発電事故が起こりました。都会の豊かな生活を支える原子力発電所のために多くの人々が犠牲となりました。大切な故郷を奪われ、今なお避難生活をしながら困難を抱えている人たちがたくさんいます。

 「水俣病事件」と「福島での原発事故」という二つの出来事は、どちらも経済優先によって生命や地域が軽んじられてきた結果といえます。社会が抱える問題や見えてくる事象そして国の対応も似ていると言わざるを得ません。水俣病の語り部、基金発起人の一人でもある川本愛一郎さんは「1964年の東京五輪に向かう時代に水俣病が忘れられていった。2020年東京五輪にむけて福島の原発事故で苦しんでいる人たちのことが忘れ去られるのが一番の不安。救済を待つ弱い方々を見捨てることのない政策を」と政府へ直接声を届けています。

 そこで、私たちは、2つの太陽光発電所である、水俣薄原太陽光発電所(全国ご当地エネルギー協会)とグリーン未来ソーラー(グリーン・市民電力)の売電収益の一部を活用して、「水俣・熊本みらい基金(つんなう基金)」を設立し、こうした事件や事故を生んだ歴史と今を未来に語り継ぎ、地域の活性化や「いのち」を守る事業や活動に役立てていくことを決意しました。いまも傷の深い熊本地震の被災者にも寄り添い、基金を通じて、人と人が共生しあう地域の創出をめざしていきます。

不知火海

福島の大地に汚染土が積まれる

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